日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

ゴーギャンについて 01

損保ジャパン所有の風景画「アリスカンの並木路、アルル」に惹かれてから、
ゴーギャンという画家の存在が気になるようになった。

先日東京にゴーギャンの代表作である
『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』を見に行った。
(しっかし長いタイトルだな―・・・)

手紙や文献で、確かに作品の完成後の自殺をほのめかしているが
自殺をする人間の心の内は、どんな身近な人間にもわからないものだ。
まして我々にわかる訳がない。

自殺未遂との因果関係はわからないが、確かに他の絵と比べ完成度は高いし、
素晴らしい作品であることは間違いない。

だからこそ、ゴーギャンが死ぬためにこの作品を制作したとは考えれない。
考えたくない。
絵を描くということは、生きるためのものではないのか。

自殺と結びつけるのは、悲劇的な画家という誤った大衆のイメージでしかない気もするのだ。

しかし同時に、ゴーギャンという画家の一生を垣間見ると、
美しい作品と人間性の関係を考えさせられる。
作品が免罪符となっている、とでも言おうか。

そのほかの作品を見ても、どこか調和を乱すような、不安定さがある。
そこに叶うことがない未来に対する希望が見え隠れする。
不定住で(今風に言うとバガボンド?)、楽園を求めたゴーギャンの資質だろう。

そんな大きな矛盾を抱えたまま、遺書として描いた作品に、
ゴーギャンの希望がないワケがない。

「救い」ともいいかえれるだろう。


あり得ない話であるが、ゴッホとの共同生活がうまくいったとしたら、と考えてしまう。
二人のその後の人生と作品も変わっていただろう。

だがその場合、二人の作品は今のような評価を得ることができただろうか。

画家の幸福とはなんなんだろうか。

そんなことを考えさせられた。
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by takuji0808 | 2009-09-28 10:13 | つぶやき