日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

<9>「コラージュ」ってなんだろう?②

「コラージュ」ってなんだろう?②

今回コラージュすることで感じたのは虚無感だった。

意味がない感じ、やってもやっても埋まらない焦燥感。

構図や、時代性、社会性、隠喩、マテリアルなど、コラージュを読み解くキーワードは
たくさんあると思うが、それは「コラージュ」というカテゴリのシステムのようなものだ。

コラージュという方法を選んでいる時点で、すでにそれらの要素が当然のようにあって、
どんなにコラージュで新しい表現をしようとしても、
それはパソコンのお絵かきソフトで絵を描いているような感覚だ。

しかしこの枠を自覚したうえで、2重構造にできないものか、と思う。

無意味さを意味にすること。
メタコラージュ化すること。
どうしようもないことを「どうしようもないんだ」と言うこと。
構造的にすること。
うまく言葉にできない衝動を視覚化すること。

まだそこまで行っておらず、素振りのような状態だったので、
これからどう展開させていくかが肝だと思う。


今回のコラージュは、じゃあ単純に支持体を使わないで作品化すれば、
コラージュ性が強くて、表面的なイメージしかないペラペラ作品に
なるんじゃないか、と思って制作してみた。

同時進行でコラージュ絵画な支持体(絵画)を意識した作品も作ってみたが、
最近はパソコンでやったほうが早いから、なんとなくそれっぽい、
どっかで見たことある作品しかできなかった。


好きな紙はある程度キープしといて、また違うコンセプトでコラージュを作るのも
同時進行でやろうと思っているけど、これはある程度材料が集まらないと
制作が進まないのと、気持ちが動かないので保留中です。

集めることや組み合わせること、貼ることは、描くことと同じくらい
原始的な制作衝動なのに、技術が必要ないので軽視されている気がする。

描くことは達成感があるので、描き終わったとき「自分頑張った感」があるけど
コラージュは達成感より悩み続ける感じがある。

絵画など、ほかの作品は、作風を展開していく(進化させていく)ような
楽しみがあるけど、コラージュはどこまでいってもコラージュだからかな。

もちろん大きさの問題もあると思います。
大きいと飽きるし、もともとの紙やイメージ自体の大きさに限界があるので、
小さめのサイズだとこちゃこちゃ作れて楽しいです。

つづく

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by takuji0808 | 2010-09-01 07:48 | 作品解説2010