日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

<12>「作品の説明の難しさとその先」

<12>「作品の説明の難しさとその先」

ツイッターで自分の展示を説明する際
「色彩とイメージを構築する」と短くまとめてみたが、
字数制限があり実はもうちょい長くしたかった。

正確には

「カラフルな色彩の平面作品と、イメージをコラージュで構築する展示」

です。

まあ、短い文章での展示の説明としてはこんなもんでしょうが、
これってあくまで手段(方法)を言っているだけです。


もちろんこの時点で目的(表現の意味)が言葉にできるようであれば
アート以外のより良い方法をとるとおもいますし、
ネタばれ的な言い方にならないように気をつけないといけないし、
興味をひくような書き方にもしないといけないし、そこら辺は結構悩んでいます。

ブログで書ける程度のことは別に垂れ流しても
平気なんでつらつら書けます。
あとで矛盾や言い訳をみつけてがっくりするのはしょっちゅうです。

あらためて考えるのは単純な方法論だけではないです。
手段(方法)があれば目的があるはずです。
その手段(方法)によって何を表現したいのか、という部分です。

「あなたはなぜこの作品を作ったのですか?」という部分。

表現方法については結構書いてきた気がしますが、
それで何を表現したいかという話は全然していないような気もします。

正直言うと、これって表現の根幹なのになかなか話せない部分だとも思うんです。
(ここの部分について深く他人と話した記憶はない気がします。
 それ以外の、表現方法についてなどはたくさんあるのに。)

言葉にできない物事も多いし、本人も無意識でやっている場合もあるし、
広いし、その時々の状況によって問題意識も移り変わります。

しかし譲れない目的、こうなったらいいなという希望が必ずあるはずです。

「社会の鏡のような、この今自分がいるリアリティを映し出したい」
「共感してもらったり、ハッとしてもらいたい」
「社会がアートで変わっていってほしい、そういう作品を作りたい」
「社会が変わることで自分も幸せになれる」
「社会に影響を与えるために、自分の作品のレベルも地位も上がればうれしい」
「自分が楽しむため」
 …

大小さまざまな目的がありますが、その先にあるのは何なのだろうかなーと思います。
(基本的に「自分」だとは思うけど。)

社会、環境を良くしようというのも自分のため、他人を楽しませようというのも自分のため、
自分が幸せになるためとどこかで割り切ってしまえば、ずいぶん楽です。

(これってすごく大切なことのはずなのに偽善的にエコとか騒いでいるのを見ると
 バッカジャネイノー と思う。)
(ついでに言うと出る杭を打つ悪者探しの社会の傾向をなんとかしてほしい。)

作品の細部や構造とかにこだわっていくことでみえてくるもの、
それをいじる快感が楽しいのかなあ、単純に。

なんだか難しいことになってきたなあ。
こんなことを書く気は全然なかったのに。

あとは、自分の考え方にいろんな矛盾があって、
それは結構人間的に仕方ないような部分もあって、
それをどう扱っていくのかが今後の課題なような気もする。

つづく

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by takuji0808 | 2010-09-03 21:34 | 作品解説2010