日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

<17>「展示をして③」

「展示をして③」

2階コラージュを改めて見て思うのは、
引きこもり感、あるいは閉そく感もあるのにどこかあっけらかんともしていること。
これはなんなんだろうか。

ペラペラ感、あるいはペタペタ絵の具を塗った感じ。


単純に展示空間の性質や、空間に対しての介入方法にも原因があるとおもうけど、
それ以外にも何か原因があるなあ、と思う。
以前「モダン」といったが、アメリカっぽいとも感じる。

画像に対する考え方自体アメリカ的だし、
画像の歴史がアメリカを中心とした大量生産に対する意識だし、
パソコン社会の起源となっているものだし、
そんなアメリカ的な世界に生まれたことが無意識にでているのかも。
(もちろん色やイメージの内容によるところが大きいのだろうけど。)

まあ今もその時代と同じ役割が機能しているかどうかは疑問だが
コラージュの発祥もアメリカへの対抗意識だもんなあ…

しかし、自分の作品は中途半端なコラージュ観でもあるなあ。
今までのコラージュ観に時代性をプラスしてアップデートしていかなければ
いけないのはわかっているんだが、上手く作品に結びついてくれない感じ。

自分が考えているリアリティってなんだろう?
引きこもっていてもネットさえあればどこかで世界とつながっていけるような感じ?
衝動もあるし理性もある。苦しみも楽しさもある。複雑な感情も単純な思考もある。
仮想敵になるものはいるが画面上の中でしか確認できない

ごちゃごちゃした自分の前のめり感はあるかな、一応ポジティブな感じ。
これをしなきゃいけなかった勢いというか、やってやった感というか。

画像の選び方は1階に比べたらずっとずっと適当なのに、
その雑多とした感じに個人的リアリティがあるような気がする。

構造とか構築とか考えつつも、実際に作ったら閉塞的で矛盾があって
よくわからないのが自分のリアリティなのだけど。

だから自分の作品がよくわからないのは自分に原因があるのではなく、
社会そのものがわからないということが大きなポイントだと思う。

それってどうなんだろう、リアルではあるけど、
どうすればいいんだろう、やるしかないけど。

つづく

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by takuji0808 | 2010-09-09 09:45 | 作品解説2010