日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

Mr.YY個展・感想

大学の先輩山本雄基さんの個展の感想。

近しい関係過ぎるので逆にずけずけと書いてみようと思い立つ。

表面に対するフェチズムや、制作方法(自分のなかのルール設定)が、
まったくぶれないので、色や大きさや木製パネルの厚みを変えても
「山本雄基絵画」のバリエーションとして楽しんで観賞することができた。

(しかし鑑賞したところ、絵って難しいなあーというありきたりの
 感想しかでないのが正直なところなんだけど。
 ってもう言い訳を書き始めている・・・笑)

moreに続く↓
c0211701_1259758.jpg




そのなかでまず思ったのが、でかいサイズの作品と、
小さいサイズの作品が抜群に良く感じるということだった。

(もちろん今回の展覧会で並べた印象でもあるけど、それ以外の理由もある気がする。
 その理由の中には「絵画の大きさの重要性」もある。)

①20cm×20cmくらいまでの手のひらサイズ(近景サイズ)
 …表面フェチズム&ミニマリズム全開作品。
  手に乗っけて触りたーい(はあと)に思われるような
  スイーツ感(軽薄・デザイン的・ポップ)を全開にした作品。
  
②2㎡程の、でかいサイズ(遠景サイズ)
 …でかいサイズでの絵画の方法論を試したりするもの。 


というのも山本さんの絵画は工芸的で絵画的な快感を追及していることが基本で
小さなサイズの作品ほどそのフェチズムとレイヤーが遺憾なく発揮されていて
ディティールの快楽という点が前面に出ている感じがある。

これは円の大きさに関係があるとおもうんだけど、
その集積としての絵画には、制作時間とその過程がレイヤー状に
貼りついていき、その見応えは金属工芸の鍛金を連想させる。

だからすごく単純に、小さいほうが所有欲が湧く作品なのかも、なんて思う。
(もちろんそれ以外の絵画としての要素もあるけど。)

   ■

今回はそこに大画面の中での身体的、視覚的快楽がプラスされていることで、
(その大きさでも強度が保たれているから特に)
ダイナミックに画面の中で視線を移していく大きな絵画ならではの見応えを
プラスしていく過程が見えると、大きな作品はより良く感じる。

単純に小さな円の集積だけでは大きな画面に合わない感じもするし、
今回はたまたまそうだっただけで、合わせることもできるのかもしれない。

色のバランスも難しさを感じる。 
というのも(当然の話なのだが)
ポップな色をただ使うからといって、絵画的快感を得られるわけではないことや、
色彩の感覚を共有することが難しいので、色彩理論のようなものだけでは
説明がつかない絵画の直感のようなものを改めて考えた。

   ■

しかも山本さんの色の選び方はさまざまなバリエーションを試しているのが
どこかゲームのような、宝石の錬成術のような感じがする。

そういうゲーム的要素って実はすごく自分たちの世代では重要なんじゃないかなーと思う。
もちろん山本さんにはそれ以外のノスタルジーやロマンチシズムもあるのだけど。

   ■

・色彩のチョイスをゲーム化することで生まれる豊富なカラーバリエーション。

・所有欲を刺激する、プラダクトとしての魅力をもつ表面。

本人にそんな気は全くないだろうが、あくまでも結果として、
サプリメント・アートとしての役割を強固にもつ絵画になっているのは面白い。

それに加えキャッチーさも、昭和な懐かしさも両方ある軽やかさは、
とても現代的な要素だと思う。

   ■

オールオーバーな画面の中で絵画の奥行きに取り組むことは、
目新しい絵画の問題意識を発掘することは不可能なんだという
どこか矛盾する問題意識(ある種の絶望)を踏まえたうえで、

自らのルーツと制作体験を錬成していくことでしか到達できない
絵画ロマンを体現しようとしている行為に、観る人はどこか希望を感じるのかもな。
[PR]
by takuji0808 | 2010-09-24 18:13 | 展覧会感想