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日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

カテゴリ:つぶやき( 169 )

02_内から外にあるいはその逆に構築すること・そこにある色彩

もともとインスタレーションをやり始めたのは、平面作品と同じように空間全体にカラフルなものを並べてみたいという欲求から始まっている。

その「カラフルなもの」を(絵画作品も含め)最初は自分で作ったりもしていたのだが、徐々に素材が統一されていき、現在の既製のプラスチックのみになった。

きっかけとして、海で拾ったプラスチックのゴミのみで構築したインスタレーション(というより立体?)作品があったのだが、東日本大震災が起こり、作品の意図が自分の考えた意図とは違う方向にスライドしてしまい、同じ方法で作ることが出来なくなった。そのため、身近なものをかき集めて、徐々にモノを増やして行く方法をとることにした。

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「ドリフトシティ」 2008年

漂流した素材に対して、地道な構築する作業でどう異化するかという単純な方法は、コラージュをすることと良く似ていた。同じようにプラスチックで構築する作品も、積み重ねていくことで出来る層が擬似的な自分史になる感覚があって、それは表現としての云々というより自分の中の衝動に近い。

「身近な素材を淡々と重ねていくこと」
「その組み合わせで見えてくる自分(とその周り)」

そのプロセスを踏む中で、ポップでカラフルな色彩になるのは、もうこれは癖(へき)というしか無い。絵の中でその人特有の色があるように、自分の持っている色のチョイス(=美意識)がそういう色しか選べないような感覚を持っているというのだろうか。

少し話は変わりますが自分は混色が苦手です。絵の具の色の名前も良く覚えていません。
絵の具を混ぜる行為自体は好きなんですが、それを色として使いこなす、絵の具に感情を乗せるという感覚はあまりありません。だから絵画作品を作るときはモチーフ(画題)自体が感傷的になるのではないかと思っています。

内的な衝動に忠実に制作することで、外部性を獲得することが一番理想ではありますが、しかしそれだけではいま、ここで、作品として成り立たない。様々な葛藤、あるいは現在の状況・さまざまな環境と向き合うことを含めて、バランスをとりつつ制作をしていくことは結構大切だと思う。そして今回、札幌駅で展示をするに当たって、「街」というテーマ(外装)を纏うことでキャッチーさ・わかりやすさを強調することにした。

<続く>
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by takuji0808 | 2013-07-08 09:20 | つぶやき
01_プラスチックの幻想・イメージの表面

さて、アートボックスに展示をしていますが皆さん見てもらえましたでしょうか?

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この作品、というかプラスチックを組み上げる作品を制作するときにイメージソースとしてずっとあるのは「未来都市」です。
その未来都市は、映画の中で描かれるような雑多雑然とした(ブレードランナー的な)多国籍な都市ではなく、もっと漠然とした「未来予想図」です。

わかりやすいのは小松崎茂のボックスアートだろうか。
(自分の世代で言うと、ウルトラ怪獣大図鑑表紙の梶田達二さんの師匠)
わからないひとはggr

ちょっと世代的にずれているとは思うけど、そういう時間差(ひとりジェネレーションギャップ)が自分の中に結構あって、そのイメージプラス、リアルタイムの影響をどう作品に落とし込めるかはずっと考えている。昭和に生まれてはいないけど昭和歌謡曲特集で知っている、みたいな2次消費はありふれているから、世代間の断絶なんてものは言葉遊びのような側面がある。

閑話休題

懐かしさとか、失われた未来、色鮮やかだった過去、消費されたイメージ…
今回の展示のためにまたポートフォリオ再編をしていたら、そういう表現したい世界が自分の作品の根幹にずっと流れてるということを改めて感じた。

自分の作品は消費社会への警笛(陳腐な言い方)のリメイクのようなものだと思っていて、批評性自体がリメイクされ、形骸化していくことに対して向き合っていこうと思っている部分がある。

ビレッジバンガードやら、ユニクロなんかに行くと、ポップアートをモチーフにした商品がたくさんある。あるいはジャスコとか量販店に行くと感じる郊外や地方のリアリティが対立構造でもなくフラットな等価値でもなく、ただそこに意味も無く表面的に存在するような、便利な日常がある。

たとえば、ポップアート的なデザインの二次消費がもはやありふれすぎていて、そこに対してどう作品の中でそこまでも表現出来るかはずっと考えてはいるのだけど、表現しきれていない感じがする。へんに言い訳臭くなってしまうというか。そこらへんの突破力というか表現力というか作品の基礎的な力みたいなものはまだまだ弱い感じがする。

文明の恩恵に対して、自分が出来ることはたかが知れていて、そういう二重構造、自分自身のどうしようもなさも含めて、プラスチックという素材感が今は感情移入できるのだと思う。

<続く>
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by takuji0808 | 2013-06-24 23:32 | つぶやき
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なんとなく今年を振り返ります。

・主な作品発表
3月「絵画の場合ー最終章ー」
5月「日常の冒険」
9月 個展「ワーキング ループ」


・まじめに書いた記事
(いつもまじめに書いてはいますが 汗 )

「宇宙船というモチーフ」
http://takuji0808.exblog.jp/18425008
「やま、的なモノのもつ想像力」
http://takuji0808.exblog.jp/17885955
<メモ>ロボットたちの墓標
http://takuji0808.exblog.jp/18021778


・今年を振り返って

制作に関しては、頑張っていないとは言えないけれど、中途半端な感じも否めない。
単純に、個展をしないといけないだろうなあ。あとはどっかいくとか?

ももクロにハマったり、呑み過ぎて救急車で運ばれたり、仕事が変わったり色んなことがありましたが、忙殺という言葉に惑わされずに、斜視でいながら、大切なことを見逃さないように生きていたいと思います。

お世話になった方、迷惑をかけた方、気にかけてくださる方に感謝いたします。
来年もよろしくお願いします!
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by takuji0808 | 2012-12-31 22:19 | つぶやき

近況(生きています)

アートと仕事という大それたテーマを話した罰なのか、あるいはフラフラとしていた罰なのかは分からないけれど、派遣のコールセンターと時間講師でがっつり週7働いている状態です。

制作はともかく、ちょっとした用事を済ませたり展覧会を見ることもできないのって社会人になって初めてかもしれないが、皆これが普通なんだろうか。よくわからないが、ともかくお金を貯めたいな。(本気でここ数ヶ月やばい状態だった)

合間に芸森やコジカはいったので、そのうち感想を書きます。(CAI02にもいかないと…)

おかげさまで2年間守っていたニコチンも復活してしまいました。

うーん、金があると時間が無く、時間があると金が無く、金で時間を買えるほど稼ぐこともなく…

でかい作品を作りたいなあ。
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by takuji0808 | 2012-10-13 23:27 | つぶやき
何年経ったとしても、パソコンを使うようになったとしても、肝心な絵を描く制作方法はいたってアナログである。

まずは支持体としてMDF(圧縮合板)を使用。
研磨したときにフラットになる質の高い合板だと、木材の「荒れ」が見えにくいので、100円ショップのものをチョイスする。組み立てながら。パーツごとにマスキングを繰り返し、研磨したときにどういう色が出るのかを逆算しながら色を塗り重ねて行く。

文字や白抜きはイラストレーターでいじり、箱の大きさに合わせて出力。何枚かコピーしておく。

キャラクターは新たに書き直し、同じくイラストレーターで出力。同じく何枚かコピーする。

それをマスキングテープなどで養生した上から書き写し、カッターでテープを切り抜き、絵の具を塗るという作業を繰り返す。場合によっては研磨し、ひとつひとつレイヤーを作っていき、消していく作業を繰り返す。

こう描くとなんだかめんどくさいことをしているようにも聞こえるが、単純にマスキングして塗るのを繰り返しているだけだ。

自分の作品を引用するということは、もう届かない過去の自分を作品に閉じ込めていくことで、今の自分を浮き彫りにする作業なんだということを改めて思う。

出来上がった新しい作品は、昔の作品とは違う装いではあるが、根幹に流れる感性は変わらない。また並べることでいろいろなことを考える作品になったと思う。アップデート版ということで、タイトルに「β」をつけ、さらに良く分からないタイトルになった。

おわり

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    「NON STOP ART β」2012年
    縦350mm×横250mm
    MDF合板、水性塗料、アクリル絵の具、ワニス

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by takuji0808 | 2012-09-21 19:26 | つぶやき
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制作にあたって、過去の制作資料を改めて確認した。
キャラクターや、文字(キャッチコピー)、記号などを組み合わせて、引用の繰り返しのなかでオリジナリティを探ろうとする試みが垣間見える。

「NON STOP ART」というフレーズは、お菓子の「やめられないとまらない」「猫まっしぐら」というニュアンスを適当に英訳したものだと思う。同時期に「NO ENJOY NO ART」というフレーズ(タワーレコードの「NO MUSIC, NO LIFE.」のパクリ)を描いた作品もある。

学生というマイノリティ(というある種のリアリティ)のなかでしか生まれない、無責任な虚勢が清々しい。(笑)

犬のキャラクターは、ビタワンの白い犬のキャラクターや、ミッキーマウスあたりのキャラクターを参照しながら作った、パチモンに近い「オリジナル」のキャラクターだ。この微妙なユルさは意図したものでもあるし、単に技術的に未熟だっただけかもしれない。まあ「上手く描けない」ことに対して右往左往している感じがあって、このニュアンスはもう描けないだろう。


新作を作るにあたって、まず単純に、研磨することで生まれるテクスチャーの洗練度や、箱を意識した下地など、今の自分なら出来ることを明確にして、改めてその当時の自分の感性を信じてみようと思った。
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by takuji0808 | 2012-09-20 22:55 | つぶやき
今回の展示では、以前制作した古い作品と、その作品のアッピデート版とも言える作品を並べて展示している。下の作品はその中でも一番古い、2005年の作品だ。

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   「NON STOP ART」2005年
   縦350mm×横300mm
   ベニヤ板、水性塗料、アクリル絵の具



確か、2005年の春休みの3月か、4月頃に制作したものだと思う。
YUKEN(大学の研究室)の呑み会で、先生や先輩に褒められた記憶があるので、多分そのくらいだろう。

当時考えていた、絵画とはなんだろうという問題意識と、オルデンバーグやラウシェンバーグのようなポップアート的な表現と、どこかバカらしいものを作りたいというメタアート的な「ほらこれってアートでしょ!」という感性が入り交じっていた状態の中で生まれた作品だったと思う。

マネのマネのマネ、捻れた構造を感覚的に受け取って、作品の上で再現しているようだ。


作品を研磨したり、汚れたテクスチャーをわざとらしくつけたりと、今の自分の原点とも言える表現方法が垣間見えて面白い。

しかし当たり前だが、へたくそな部分(フォントも汚いし、線も汚いし…笑)もあり、どことなく心に引っかかる部分を残していた。しかしそれはあくまでも過去の作品としてで、それをどうしようという考えは無かった。なぜなら、その当時の問題意識はその後自分でちゃんと作品で表現し続けて、進化させてきた自負があり、それ以上何もないのは分かっていたからだ。

つづく
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by takuji0808 | 2012-09-19 23:19 | つぶやき

宇宙船というモチーフ

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自分はスターウォーズが大好きなのだが、新三部作公開時(エピソードⅠ)に一番がっかりしたのは、宇宙船の綺麗さだった。

宇宙船のフェチズムは、オイルで薄汚れ、細かい傷がついていたり、配管やコードがむき出しの細部であり、アメ車やユンボの感動に近いものだ。それが当時のCGではリアリティが追いついていない印象を受け、むしろロボットのC-3POのむき出し加減の方が良い印象だった。

  ◆

SFの中での宇宙船は、技術的に実現可能であることの延長線上である飛行機型、ロケット型のものは意外に少なく、初期に多い。しかしもちろん飛行や着陸するための機能もあるので、流線型や細長い形のものが多い。

しかし基本は、幾何学的な形状や、大きなマッス(量感)を組み合わせ、さらにそこにギミックを表面的に上乗せさせていることが多い。これは特撮のために模型を作ることを前提としているからであろう。それがCG全盛期になると流線フォルムや骨抜き構造の軽い形が多くなる気がする。

(個人的には『STAR WARS』『STAR TRECK』『宇宙空母ギャラクティカ』あたりのちょっともっさりした無骨なデザインが好き。)

  ◆

彫刻史との類似点や、映像のリアリティの問題も絡んでくるだろうがそれは割愛。
ただ抽象彫刻が心象を具現化した形なのだとしたら、それが空を飛び宇宙を駆け回るということは、人間の精神が跳躍するための箱として「宇宙船」という想像力があるのではないだろうか、と思う。

「宇宙船」というモチーフはさまざまなメタファーを内包している。それはノアの箱船であり、タイムマシンであり、道具であり、侵略であり、兵器であり、男性器であり、コミュニティである。つまり社会構造の縮図であり、想像力の結晶である。

しかし現実ではコロンビア号の空中分解の事故(2003)などで、宇宙に対するロマンチシズムが失われつつあるのかもしれない。そしてここ最近、宇宙船というモチーフが説得力を失ったということがあるならば、それは「ここではないどこかに行くための箱」はパソコンや携帯電話にとって変わられたということだろう。また、侵略のための兵器、畏怖の対象としての力を失っているということも、何か大きな物語の終焉を象徴しているようでもある。



個人的に一番好きなのは「Slave 1」
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by takuji0808 | 2012-09-06 17:31 | つぶやき
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仮面ライダーフォーゼ感想

書いていたら、なんか長くなっちゃいました。
ネタバレあり、無理矢理な展開ありの感想垂れ流しです

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by takuji0808 | 2012-09-01 16:20 | つぶやき

500m美術館に関して追記

前回ブログで書いたことがなんだかツイッター上で広がったので、Togetterでまとめたところ、これまた広がって、なんだか話が大きくなっていきました。

みんな言いたいことが溜まってたんですかね。(笑)


たまたま自分であっただけで、作家は作品を出した時点で、(あるいはネットなどで発言した時点で)常に公共とか、不特定多数の目ににさらされているということは当たり前で、自分は自分の出来る範囲でやれることをやるだけです。

自分としては、悪意あるカウンターをくらった感はありますが、まあ、そういうこともあるよなーと思っています。作品がちんけな自分の想定を超えていくのは大歓迎です。もちろん悲しさもありますが。
で、次に作品で消化するのみです。シンプル。


なんだかおおごとになっているような気がしないでも無いですが、以前からこの問題って表沙汰になっていないだけで水面下ではあったわけです。破損だけじゃなく、盗難とかも。(うる覚えだけど、まだレンガに直に貼っていた100人展の作品とかだっけ…?)

で被害者が声上げないのは駄目ですよ。それは作家として云々は関係なく。

例えば、駅に自転車を停めて、その自転車がいたずらにあったり、かごにゴミが投げ入れられたら当然怒る。あるいは駅とか管理する所に言ったりして、被害が多くあれば看板をつけたり、管理の人も注意してみたりして、マナーも少し良くなったりっていう流れがありますよね。そういう流れになっていないこと自体、不健康なことだとおもいます。

で、話が堂々巡りになって「じゃあ出さなければいいじゃん」とか「自己管理しろ」っておかしいですよ。単純に悪いのは自転車を倒した人だし、盗んだ人だし、ゴミを捨てた人ですよ。
なんだろう、その「盗みやすい場所に置いた方が悪い」「あんな所に自転車置き場を作った方が悪い」理論は、って思います。

自転車の例を出したので、ちょっとあれなんですが、ここで難しいのはそういう「公共のマナー」という問題と「美術作品の鑑賞のマナー」、そして「公共と美術」の問題がクロスしていることでしょう。世の中には、モノを平気で傷つけたり、それを楽しんだりするひとがいます。そういう人がいる限り、こちらがどんなことをしても、いつか必ず起こることです。

そのためにも、「自転車に鍵をつける」ように、出品者(あるいは企画者)は最低限のことをするべきです。作品を出させていただいている身だからおおごとにしたくない、もう終わったからいいや、結果泣き寝入り、みたいな作家の不健康さにも問題はある気がします。


自分は敵対関係をつくったり、札幌市や企画者を攻めたり、美術啓蒙活動とか美術至上主義みたいなことをしたい訳ではなく、自転車の例のように、こんなことがありましたよ、みたいなレベルで取り上げられ、その観点をプラスして企画側は最善策を考え、作家はアイデアを出していけばいいんじゃないかと思います。で、ちょっとでもあの場の空気が良くなれば、と思います。ほら、健康的で、建設的でしょ。

パブリックアートが脱美術館という美術館批判を含んでおり、共同体(コミュニティ)の為に制作されたにも関わらず、リチャード・セラの彫刻作品が裁判沙汰になり物議をかもしたように、500m美術館という場所は、脱美術館的なパブリックアート(スペース)であり、コミュニティとの論争は避けて通れない宿命をもっているのだろう。しかしこれは逆に考えれば、コミュニティによって変動する美術館というポジティブな見方も出来るのだから、これを上手く使っていく方法はいくらでもある気がする。
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by takuji0808 | 2012-08-07 01:55 | つぶやき