日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

カテゴリ:つぶやき( 169 )

近況など
実際問題、日常なんてブログで垂れ流しても面白いわけないのは自認しているわけだけど、しかしそうそう「面白いこと」が起こるわけでもない。まあお笑い芸人のように日常の所作を編集して「面白いこと」を書くセンスがあればいいのだけど、そんなセンスがないから美術をやっているわけで。

なんて、これまたどうでもいいことを書いて場を濁しておりますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

最近は仕事の休みがなく展覧会にも行けず、
本や牡蠣を買ったり飲み会して憂さを晴らしている状態です。

「日本的想像力の未来~クール・ジャパノロジーの可能性」
「現代アートの舞台裏 5カ国6都市をめぐる7日間」
「批評のジェノサイズ―サブカルチャー最終審判」
「反アート入門」
「ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2」
「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」

動物化するポストモダンも読んだことあるけど文庫で出たので購入。

そんな感じの師走です。
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by takuji0808 | 2010-12-05 14:27 | つぶやき
メモ1
福岡市美術館の収蔵品を見ていて思ったこと。

岸田劉生、藤島武二、高橋 由一、黒田 清輝など主に東京で所蔵されている
ような作品をのぞいて、日本美術史の教科書に載っている近代洋画の巨匠たちの
作品が網羅されている。(坂本繁二郎、児島善三郎、三岸好太郎、青木繁など…)

それを見ると当時のトレンド(輸入元)はパリでアカデミックな教育を
受けることであり、それを前提とした雰囲気が一望できる。

その展示が、なにか見たことがある風景だなーと何となく思っていたが、
どうやら美術の予備校や大学1年生のときの授業風景だと気づいた。
つまり「習作」ばかりに見えてしまうわけだ。

自分は前述した明治、昭和にかけて輸入した張本人(その弟子)に関しては、
上澄みの知識程度しかなく、毛嫌いしている所がある。
それは単純に茶色がかった色彩や、山本さんがツイートしていた「古臭く見える筆跡」や、
そこらへんの二番煎じ感が原因だろうと思う。(詳しくはまだわからないけど。)

その後韓国の美術館でも似たような光景を目の当たりにする。
(もちろん、国のカラーやフェチズムの違いはある。)

そこで感じるのは、世界美術史(歴史)の流れで言えばアジアは輸入先
(あるいは搾取される植民地)であったという事実。
最新のトレンド(文化)を輸入すること(=西洋化=近代化)だという事実。
日本の文化を理解するには、中国・韓国の文化を無視できないという事実。

さらに言えば、日本のなかでも中央/地方の関係(美術のトレンド)は
基本的にどこも変わらないということ。
そういう中で見ると絵画は非常に分かりやすい流れがあるので、
やはりこういう箱の中で語られる美術の歴史のなかではメインを張り続けるだろう。

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by takuji0808 | 2010-11-20 15:28 | つぶやき

縁(えん)と旅

姉の結婚式のため実家がバタバタしていたので、
ここ最近制作は全くと言っていいほど進まなかった。

しかしこういう風に親族が集まると、縁(えん)とかルーツに関して考えてしまう。


制作はOHPもセッティングしていて中途半端な形のままキープ。
こんなんで旅行言っていいのか?とおもうけど仕方ないよね。

11月2日から7日まで大学の研修旅行に混じって福岡・韓国に行ってきます。
韓国は釜山・慶州・光州、福岡は福岡市美術館・福岡アジア美術館あたりでしょうか。

まあ、なんとかなるかなーなんてのんきに構えています。

結局、知ってるメンバーがわらわらといるので、楽しそう!


最近は、以前までぼんやり考えていたこと(自分にとってのリアリティ・表現したいこと)
が寒天状に固まってきたので、それを裏付けていけたらいいなあ。

あとはインプット!インプット!

ではいってきます。

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by takuji0808 | 2010-11-02 08:21 | つぶやき

歯車とジャスコ

福岡韓国旅行のために心フワフワしているのか、
禁煙のせいなのかわからないが、作品が上手く進まない。

単純に心情のせいではなく、姉の結婚式とか家がバタバタして
手伝いが多くなるとかそういう理由もあるんだけど。

ともかく、筆が上手く動いてくれなかったり、描いている途中で
肩甲骨あたりの筋肉がつりそうになったり。

色んな歯車が噛み合ってない感覚だ。
言い訳臭いことは自己嫌悪になるし、甘ったれなことを言っている
場合じゃないんだけどさ。

悶々とする時期なんだろうな。去年の今頃もそうだった。

    ■

話は変わって、ジャスコに行ったとき改めて感じたこと。

しっかしサプリメントな空間だよなー。これが都市になれば、札幌だよなー。


いわゆる郊外というキーワードを都市と比較して対立構造としたり、
逆に都市に持ち込んでみたり、色々言説があるとは思うんだけど、
札幌という都市自体郊外に近いものなので、都市/郊外間に生じる緊張感が薄い気がする。

ジャスコを歩いて思うのは、こういう空間から想像力が生まれてくるか、
ということ。もちろん郊外のリアリティは存在するし、そこから生まれた
表現もあるだろうが、それ自体画一的な、紋切り型になる印象。

前述のように、札幌という都市は郊外的なものだと仮定して
その果てにあるとしたら、そこから郊外のなれの果てのような奇形が
生まれてくることを期待したくなるのは自分だけだろうか。

まあ、郊外的な想像力という考え方も単純ではないから勉強したいし、
アプローチの仕方ももっと考えていかないといけないとは思うんだけど。

漠然とした印象しか言葉にならないのは単純に勉強不足だからだろうな。

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(息抜きに描いたART MAN)
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by takuji0808 | 2010-10-24 12:29 | つぶやき

机上のタッチ

普通に生活をしていて、急に昔のことばかりを思い出す時がある。
最近考えていたのは、絵のタッチについて初めて意識したのはいつか、
ということだ。

さかのぼってみると、小学校の机が原体験ではないかと思い立った。

    ■

小学校時代は、美術志望学生の類に漏れずマンガを写すことが大好きな
[ネクラ]だったわけだが、その支持体は様々で、定番の教科書の端から、
マンガ写し用特製ノートまで様々であった。

そのなかでもお気に入りだったのは学校の机だった。
絵を描くという気恥ずかしい行為を「学校のものだから」という大義名分のもと
消し去ることができる机は思春期手前のキャンバスにピッタリだったらしい。

当時一番描いていたのは、ドラゴンボールだった。
特にスーパーサイヤ人孫悟空の髪、そして眼、上半身を
如何にカッコ良く描けるかが重要であった。

いくつか描いていくとわかったことなのだがそれをノートや教科書に描くと、
どうも雰囲気(ニュアンス)が変わることに気付いた。

そこにはシャープペンの細いタッチをどんなに変えても近づけない壁が確かに存在した。

    ■

あるとき、同じようにシャープペンで机に孫悟空の髪を描いたとき、
急にその「壁」がなくなった気がした。

机はツルツルのプラスチック状で木目調の背景なので、細いシャープペン如きの
タッチを跳ね返す。そのため一本の線をハッキリみせるために、何度も描き、
太く、濃くする必要があった。

線の太さを自分で調整することで自分の描きたいものの雰囲気(ニュアンス)に
近づくことができるということはひとつの発見であった。

    ■

結局そのとき描いた孫悟空は、結局髪が上手く出来過ぎて、顔を描き足すことが
できなかったので、「スーパーサイヤ人の髪」というなんとも間抜けな
ディティールのフェチズムしかないものだった。

そのままにしておいた「スーパーサイヤ人の髪」は、いつの間にか擦れて消えかかり
上から何度描き直しても、最初にあった「カッコよさ」を再現することはできなかったため、
泣く泣く消しゴムでとどめを刺した。

    ■

あのとき消した落書きの残像が今も記憶の片隅にあって、そのときの体験は自分が
「絵というもののディティール」=「その先にいるクリエイター」を意識した原風景ではないかと思う。

そしてその内容も、机という支持体も、何か象徴的な意味合いを帯びて
今の自分に影響を与えているようにも思える。

机の表面の消えかけたタッチが記憶の中でだけ色濃く残っていく。

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by takuji0808 | 2010-10-23 12:03 | つぶやき

制作 10/9-13、その他

・制作
下地(黄色)を塗る。
研磨の準備。

次は支持体研磨作業。


これは制作とは言えるのかどうかわからないが
姉の結婚式のためのウェルカムボードを作っている。
自己主張しないように、可愛いく作るのは難しい。
結局コラージュと植物の切り絵を組み合わせた感じにした。


・鑑賞
「カールじいさんの空飛ぶ家」
老人の懐古的な夢(予定調和)を越えて、そこから再出発する話。
ピクサーやジブリなどの会社と重ね合わせてみるとより面白い。
カールじいさんが宮崎駿にも、今までピクサーが作ってきた映画にも見える。

「スタートレック」
スタートレック史の番外編を最大公約数なエンターテイメントにした映画。

「涼宮ハルヒの憂鬱」
見るのに疲れた。面白いけど行き詰まりも感じる。
アニメーションの動きというより、絵自体の綺麗さが目につく。
ただこれがなければ、けいおんの絵の綺麗さとフェチズムが生まれなかったとは思う。

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by takuji0808 | 2010-10-15 12:31 | つぶやき
さて、そろそろ忘れないうちに仮面ライダーダブルの感想を書こうとおもいます。
見てないひとはネタバレを含んいるのでお気をつけください。
まず、前回の感想を読んでない人はこちらをどうぞ。

「仮面ライダーWのハイブリット性」
http://takuji0808.exblog.jp/14540626

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by takuji0808 | 2010-10-04 21:01 | つぶやき

ゲーム化する思考/世界

ゲーム化する思考

「ゲーム」という言葉はマジックワードだ。
今後自分の作品にも結構重要な要素として入り込んできそうな
気もするので、文章でまとめておく。

(山本さんの個展の感想の中でさらっと使いすぎて反省したのだ。)

今回は特に、平面作品など生産力の高い美術作品のなかで行われる
ゲーム性について書いていければいいかな、とおもっています。

・・・と思って書き始めたらすごい長さになってしまった。

Moreで開きます↓

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by takuji0808 | 2010-10-04 20:59 | つぶやき

近況 09/24

岩見沢アートプロジェクト「ZAWORLD2」の壁画制作も何とか終わり、
なんだかまたよくわからないイメージが出来上がって悶々としている昨今。

前回はオープニングパーティーの時だったから
落ち着いて見ることができなかったから
大学の先輩、山本さんの展覧会にも改めて行く。

感想をちょこちょこ書いている途中・・・

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by takuji0808 | 2010-09-24 12:57 | つぶやき

壁・植物・矛盾・岩見沢

カラフルな色彩の暴力を表現することは、外にあるものを
ホワイトキューブにもってくるという逆説に面白さがあるのであって、
それを最初から外のパブリックな場に置くと肝心の問題意識が埋没していく。

その他の自分の作品の基本コンセプトも、同じように逆説的に組み立てたり、
ギャラリーのようなある種守られた空間に置くことを前提として強度を保っていく
感覚がある訳です。

コミュニティーアートを否定はしないが、
取って付けたようなワークショップには違和感を感じる。

自分がやるべきことはそこではないのはつくづくわかってるので、ペインターと
してのアプローチが真っ当だと判断して、じゃあ壁画を描こう、と考えた訳です。


で、テーマとしては、ダブルミーニング(二重の意味)を意識しました。
同じ壁に描くのは二度目ですので、そのあたりの個人的感覚と
建物や街の再生と破壊の意味を重ねれば面白いかも、という感じ。

で、イメージとしてあったのは、植物です。

廃墟にたくましく侵食して、普遍や無常を感じさせ、
自然と人工の境目を無くしていくラディカルさに対する憧れとでもいうのでしょうか。

矛盾する(対立する)概念を超えていく状況を作り出すことの
難しさを感じますが、そこを乗り越えないといけないのは
アートの宿命的なのかもなあ、なんて考えてジャカジャカ描いています。

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by takuji0808 | 2010-09-18 12:18 | つぶやき