日々の制作と生活を、思いつくままに描く。札幌在住、美術家。西田卓司のブログ。


by takuji0808

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個展告知です。
新作と、過去の(ほぼ)未発表作品とその再構成をした平面作品を発表します。
作品の販売もします。
定休日が多少変則的ですので、お気をつけ下さい。
コーヒーも美味しいカフェですので、ぜひお越し下さい。
また9月13日にはトークもあるので、それもぜひ!

<追記>

会期は9月1日(土)〜21日(金) の予定でしたが、好評につき9月28日(金)まで延長します!
なお日曜日と水曜日は定休日ですのでお間違いの無いように!


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西田卓司 個展 「ワーキング・ループ」

会期: 9月1日(土)~28日(金)
定休日: 日曜日、水曜日
営業時間: 12:00~20:00
場所: CAFE らてるね (TEL:011-206-9725)
住所: 札幌市中央区北3条東5丁目岩佐ビル1F


西田卓司×伊藤隆介トークショー「アートは仕事になるのか?」
■9月13日(木) 19:00~20:30
<無料・申込み不要>

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西田卓司 Takuji Nishita
[Profile]
1983年 北海道札幌市出身
2007年 北海道教育大学札幌校芸術文化課程美術コース油彩専攻卒業

2009年 北海道教育大学大学院教育学研究科教科教育専攻美術教育専修西洋画研究修了



■主な個展
2008年 SPIRAL「Imagined Pop Scenery」PRAHA2+deep sapporo(札幌)

SPIRAL「Image of pop」iwamizawa90°(岩見沢)


2009年 「ワーキング フロー」武部建設株式会社結ホール(岩見沢)


2010年 「ワーキング フロー」テンポラリースペース(札幌)


■主なグループ展
2008年 「Point of Color」CAI02(札幌)

2010年 岩見沢アートプロジェクト「ZAWORLD II」岩見沢市内各所(岩見沢)

2011年 「Asian Art Way in Shanghai 2011」半島1919日本文化村(上海、中国)
2012年「日常の冒険 -日本の若手作家たち-」 札幌大通地下ギャラリー500m美術館(札幌)

ほか

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by takuji0808 | 2012-08-17 22:41 | 告知

500m美術館に関して追記

前回ブログで書いたことがなんだかツイッター上で広がったので、Togetterでまとめたところ、これまた広がって、なんだか話が大きくなっていきました。

みんな言いたいことが溜まってたんですかね。(笑)


たまたま自分であっただけで、作家は作品を出した時点で、(あるいはネットなどで発言した時点で)常に公共とか、不特定多数の目ににさらされているということは当たり前で、自分は自分の出来る範囲でやれることをやるだけです。

自分としては、悪意あるカウンターをくらった感はありますが、まあ、そういうこともあるよなーと思っています。作品がちんけな自分の想定を超えていくのは大歓迎です。もちろん悲しさもありますが。
で、次に作品で消化するのみです。シンプル。


なんだかおおごとになっているような気がしないでも無いですが、以前からこの問題って表沙汰になっていないだけで水面下ではあったわけです。破損だけじゃなく、盗難とかも。(うる覚えだけど、まだレンガに直に貼っていた100人展の作品とかだっけ…?)

で被害者が声上げないのは駄目ですよ。それは作家として云々は関係なく。

例えば、駅に自転車を停めて、その自転車がいたずらにあったり、かごにゴミが投げ入れられたら当然怒る。あるいは駅とか管理する所に言ったりして、被害が多くあれば看板をつけたり、管理の人も注意してみたりして、マナーも少し良くなったりっていう流れがありますよね。そういう流れになっていないこと自体、不健康なことだとおもいます。

で、話が堂々巡りになって「じゃあ出さなければいいじゃん」とか「自己管理しろ」っておかしいですよ。単純に悪いのは自転車を倒した人だし、盗んだ人だし、ゴミを捨てた人ですよ。
なんだろう、その「盗みやすい場所に置いた方が悪い」「あんな所に自転車置き場を作った方が悪い」理論は、って思います。

自転車の例を出したので、ちょっとあれなんですが、ここで難しいのはそういう「公共のマナー」という問題と「美術作品の鑑賞のマナー」、そして「公共と美術」の問題がクロスしていることでしょう。世の中には、モノを平気で傷つけたり、それを楽しんだりするひとがいます。そういう人がいる限り、こちらがどんなことをしても、いつか必ず起こることです。

そのためにも、「自転車に鍵をつける」ように、出品者(あるいは企画者)は最低限のことをするべきです。作品を出させていただいている身だからおおごとにしたくない、もう終わったからいいや、結果泣き寝入り、みたいな作家の不健康さにも問題はある気がします。


自分は敵対関係をつくったり、札幌市や企画者を攻めたり、美術啓蒙活動とか美術至上主義みたいなことをしたい訳ではなく、自転車の例のように、こんなことがありましたよ、みたいなレベルで取り上げられ、その観点をプラスして企画側は最善策を考え、作家はアイデアを出していけばいいんじゃないかと思います。で、ちょっとでもあの場の空気が良くなれば、と思います。ほら、健康的で、建設的でしょ。

パブリックアートが脱美術館という美術館批判を含んでおり、共同体(コミュニティ)の為に制作されたにも関わらず、リチャード・セラの彫刻作品が裁判沙汰になり物議をかもしたように、500m美術館という場所は、脱美術館的なパブリックアート(スペース)であり、コミュニティとの論争は避けて通れない宿命をもっているのだろう。しかしこれは逆に考えれば、コミュニティによって変動する美術館というポジティブな見方も出来るのだから、これを上手く使っていく方法はいくらでもある気がする。
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by takuji0808 | 2012-08-07 01:55 | つぶやき
500m美術館「日常の冒険」が無事終了しました。

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何の反応もありませんが(そしてそれはいつものことですが)おそらく、普段美術館に行かないような人も、行くような人も、多くの人に自分の作品を見てもらうことが出来ました。

お話を頂いたこと、展示や片付けを手伝ってくれたこと、観ていただいたこと、ただただ多謝、多謝でございます。本当にありがとうございます。

久しぶりのインスタレーションは、課題を残しつつも、また新しい展開を考えることが出来るものになったと思います。今後機会を作り、あるいは機会があれば、また違う形で発展させていければとおもいます。乞うご期待。

(反省点は多々あるのですが言い出すと言い訳っぽい文章になってしまうので割愛…)

平面作品は「絵画の場合ー最終章ー」で展示したものと、それ以前に制作し発表していなかったもの、そして新作を展示しました。こちらの方はやりたいことがはっきりしており、様々なバリエーションがあることも相まって非情に分かりやすいスッキリした展示になったと思います。


さて、いくつか思ったことを。

1 作品の説明
作品の説明、作家の略歴などが記載されたキャプションがあるのですが、その作家の説明文は作家本人が書くのはやめた方がいいのでは、と思います。もちろん、作家が自分の作品を説明すること自体を否定する訳ではありません。しかし、作家が自分の作品を語るとき、ポエティックな文章になったり、自分や美術コミュニティにしか分からない文脈や言葉を使ってしまうことが多々あります。あのような場所で作品を説明するためには、全ての作品を通し展覧会のコンセプトに即して、非情に分かりやすい言葉を用いなければいけないわけですので。

まあ、「作家の言葉」にプラスして、作品の分かりやすい説明、作品の見方なんかのキャプションをつける、という手もありますけどね。

2 作品の公共性・公共の作品
搬入中、子供が平面作品をベターっと触って歩いていたりしていました。まあ子供は馬鹿だから仕方ないとしても、それを何の注意をしない親はもっと馬鹿。対策として「作品にはお手を触れないでください」キャプションをつけて、まあ、よし、と思っていたら搬出のとき、こんなものを見つけました。

タバコの灰を押し付けた跡が。
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ついで、インスタレーションの中に、紙パックのゴミが。
(上部の隙間から投げ入れたらしい…)
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無意識の悪意が、ただただ悲しい。
公共性を得るということは同時に、その中の数少ない悪意を引き受けることでもある。
それは「市民」とくくることの歪さであり、美術を観るリテラシー・マナーの無さでもある。(美術というより、公共の場でのマナーの無さもある。)

あるいは俺の作品は灰皿か、ゴミ箱ってことだ。ある人たちにとっては、電柱と変わらないのだ。
アート・文化うんぬん言うのはかまわないが、実害を被るのは作家なのだから、こういうこともあるってことを声を大にして言うべきである。
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by takuji0808 | 2012-08-01 01:27 | 展覧会感想